スローなコメディにしてくれ
Photo N.Kurisu

2018.4.16

酒場の記憶。経堂ラーメン酒場「からから亭」の銅鍋と1968新宿騒乱。そして鍋が復活するまで。

by 須田 泰成

酒場が地域と人生を豊かにするコメディライター日記

酒場の記憶(その1)
経堂ラーメン酒場「からから亭」

四年前の12/27に旅立った
からから亭の栃木要三さんが
大切に持っていた銅の鍋を受け継いだ。
この鍋は、栃木さんが、
どさんこラーメンの創業者と一緒に
どさんこラーメンを立ち上げ、
栃木さんが新宿の2号店の店長となり、
新宿三越裏、映画の昭和館前の
コの字型カウンターが二つある店を
任された時のトンカツ用の鍋。
ラーメンとトンカツの店だったそうで。
2000年頃よく深夜のガラガラの
からから亭で栃木さんは、
その新宿のお店の話をよくしていました。

「須田さん、あのさ、うちはいま、
こんなガラガラ亭で貧乏してるけどさ、
新宿の店は、ほんとスゴかったのよ。
オレの人生で一番売ったのは、
1968年10月21日の新宿騒乱の時だね。
忘れもしない。
学生も機動隊もやっぱりああいう時は
腹が減るんだね。
コの字のカウンターの入って左を学生さん、
右を機動隊とか警察関係者、
それで店ではケンカしないでくださいって、
角材とかゲバ棒は店内持込み禁止って、
もう休む間もないほど味噌ラーメン作り続け、
トンカツ揚げ続け、飯を炊き続け、
オレ人生63年ほど生きてきたけど、
あの日ほど儲かった日はなかったね(笑)
オレは苦学生でラーメン屋になって、
全共闘の学生たちの言うことも
一理あるとは思ったけど、
東北訛りの若い警察官見たら、
もうリンゴのほっぺ、
あどけない顔してるのよ。
オレが育った墨田区の東向島、
知ってる?王貞治とか木ノ実ナナとか
同じ小学校でさ、人口密度世界一、
ものスゴイ貧民街だったわけ、
近くで働いてる金の卵って
いいように言われて集められて
集団就職でやってきた
工員さんと同じ匂いがするわけよ。
そういう時は、麺もご飯も無条件で大盛り!
なんだかわかんないけど、
腹一杯食べて欲しくなってさ。
もう一杯いける?
おっかあ、看板だ。
外の電気消しな。
あ、いまからお代はいいからさ」
と、とくとくと焼酎を注ぎ、
空が白むまでいろんな話を聞いたことがあったっけ。

こんなことを昨日のことのように思いだす。
さて、この鍋、メンテして、
どんな風に使おうか、何を作ろうか。

からから亭のギョウザ、やさしい味だったな!

というような話を〈さばのゆ〉のカウンターでしていると、
定連の大野さんが、ピクリと反応してくださり、
「それ、持ち帰っていいですか?」と、言ってくださったのです。

「さて、この鍋、メンテして、
どんな風に使おうか、何を作ろうか。」なんて書いた私ですが、
実は、どうすればいいのか皆目検討がつかない状態でした。

なので、有り難いと思いました。
というのも、大野さんは、素晴らしい仕事を数々こなしてきた金属の匠。

その仕事の一部を私が取材して書いた記事が、こちら。
「ななつ星」というスターをつくった職人たち九州をよみがえらせた豪華列車、その裏で活躍した仕事師たちの物語文:須田泰成 11.06.2014

2017年9月4日に放送された
「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」(NHK総合)の
「列車よ走れ、意地をのせて、豪華列車を作る職人たち」は
大野さんと仲間の仕事ぶりに密着したドキュメントです。

そして、以下は、大野さんによる、
からから亭の銅鍋の復活ドキュメントです。

【1日目】


さばの湯で目に留まり、「よいですねー」と言うところからこの鍋にまつわるエピソードを聞きました。せっかくならば、使えるものにしようかな?おせっかいながら磨きましょうかとお話ししました。


結構でかいのです。木枯らし紋次郎のようにもちかえることにしました。うそです


しかし見ると緑青がかなり厚い。美術品であれば「時代がついている」というところですが食品に溶け出したら嫌だしね。


で、いつも話していることなのですが、緑青は毒では無いのです。緑青による殺人や足尾銅山の印象があり銅自体についても毒性のレッテルを貼られがちですがまず「足尾鉱毒事件」に関してはカドミウム中毒と二酸化硫黄中毒なのです。重金属としては銅は他の金属と比べ重篤な中毒症状を起こすものではないという見解が発表されています。


で、じゃあ、緑青は?なんですけど、これは古典的に毒として使われていた文献もあるらしく、読んだことはないのですが昭和のミステリー小説で緑青で殺人するというのもあってそれが定着してしまったらしいです。でもしかし、その原因は緑青・水酸化した銅(酸化ではない)のせいではなく緑青の色つけに使う薬品にありました。


通常我々は緑青の色つけの際、写真の硫酸銅や酢酸銅を塩化アンモニウムと混ぜた溶液をつくりそれを塗布することで人工的に緑青を発生させます。溶液の種類や配合によってその色は変わります。で、実はこの溶液の中にヒ素を配合するとブルーの強いとてもきれいな緑青が発生するそうです。残念ながら当然僕はやったことが無いのですが、その発色と引き換えに緑青は「毒」という汚名を着せられたのでありました。(そういえば先日高岡の嶋さんから昔の銅製品の配合を調べると銅の中にもヒ素が含まれていることが発見されたと聞きました。元から入れる方法もあるのか、興味津々です)


さて、銅と緑青の汚名を晴らしたところでようやく取りかかります。3mm厚。なかなかのものですね、昭和初期のプレス技術の製品だと思われます。


お椀をつくってから取手はロウ付けしたものであると推測されます。


縁もデコボコです。


ところでこれは「鋳掛け」の痕だと推測されます。「鋳掛け」というのはまだ溶接技術が一般的でなかった頃にこういう鍋に開いた穴などを直す方法でして、溶かした銅を流し込んで穴をふさぐ方法です。鋳掛け屋の出る落語もあった気がするけどおもいだせません。


さて、ところでやはりプロなので、ここは本物の薬品を使いたいところなのですが、硫酸程度が手に入りにくくなっている現代社会に息苦しさを感じます。以前は試薬で20%くらいの濃度のものを買えたのです。でもどこの薬品メーカーに問い合わせても売ってくれません。劇物としてのランクは低いので法律としては身分証明書と印鑑があれば買えるはずなんですが、みんな自主規制で売ってくれない。仕方なく劇物除外濃度のものを買いましたが0.1mol/Lって計算してみたら0.98%くらい。本当にこれでこの緑青勝負出来るんかなと不安になりました。


とりあえずスポイトでとって塗布してみました。


しょわしょわ言ってる。なんとかなりそう


あ、なんとかなりそう。


余談ですが洋服の溶けるのがイヤでヤッケを着ました。


しかし濃度薄いけど500mlしかないのでもったいなくて。少し薄めることにしました。教科書通り水を入れて。


硫酸を入れました。


1%弱を倍以上に薄めてるわけだからどうかと思ったけど、反応ははじまりました!よかった!


長い間の使用で鉄サビが付着していた感じです。イオン化傾向通り、鉄が先に溶けはじめます。


少しこすります。真鍮ブラシのほうが柔らかいので銅の肌に良さそうですが真鍮は合金中の亜鉛が溶け出そうとするので銅の加工の際は使ってはいけません(豆知識)


しかしこの銅鍋でかくて。1Lは入ってるはずなのに縁に全然行かなくて斜めにしてぐるぐる回しました。


さて、ここまできて問題発生。わかっていたことですがこの銅鍋もスズ引きをしていた形跡があります。スズは両性元素(ああすんなり)で純正のスズなら硫酸にも溶けるのですがもう酸化錫になっており、酸ではとれません。融点が低いので火にかけて溶かす方法と水酸化ナトリウムを使う方法があるのですが火にかけるのは銅がなまされてしまうし、塩基性溶液を使うと緑青の再発生の可能性があります。とても悩ましい…。


もう仕方ないのでサンダーで磨き取ることにしました。これをやり始めると大変です…


確かにきれいになった気はしますが…研磨キズを取るのがたいへんなんですよこれから。ということで初日はおしまいです。

【2日目】


二日目、まずカタチ的に気になっていたロウ付け部や取手部をちょっと見直すことにしました。


取手の内側もちょっと鋭利で。


で、いくつかこういうエクボもありました。もちろん全部取ってるのは大変だけど大きすぎるものだけなんとかしてみるかと。


とりあえずこの子たちに退いてもらい。


ちょっとアンビルを磨いてから作業


縁のデコボコも叩きしめていきます。


そのまま磨いても良いのですが、叩くことによって銅がしまり硬くなりますし、平滑も出しやすくなります。


鎚目がつくと工芸品のようになりますが、これは削り取ります。


ところで今日は暑くって。汗が流れ落ちました(ヤッケだし)これがまた、塩分とアンモニアを含むので厄介…


すぐこんな感じで反応が始まってしまうのです。


急いで汗が落ちぬよう磨いていきます。


鋳掛けの痕もきれいに浮き出てきました。


最後の取手部などは「磨きの神様」モリタポリッシュアーティスツの魔法のお薬「SHAKE MORLEY」を使いました。


と、いうことで一応完成です。森田さんと今尾さんには近くで見られたくないですが、何とか。


取手の感じも柔らかくなったと思います。


小口も出来るだけ削らず、厚みのあるままにしました。


まあ写真で見るとそこそこですが、やっぱまだまだだなあと。でもがんばったから許してね、須田さん栃木さん(からから亭の大将です)!


おしまい。

と、こんな風に大野さんが、鍋をきれいにしてくださいました。

本当にありがとうございます!

読んでいると、うるうるきてしまう文章と写真です。

天国のからから亭マスター栃木さんも喜んでいる気がします。

カエルさんたちにも協力していただいたとは!

復活したこの鍋。
カウンター酒場さばのゆで、おでんなどいいかなーと思ったりしています。

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須田 泰成

「スローなコメディにしてくれ」
 編集長+プロデューサー+ライター。
always look on the bright side of human life♩な
「もの+こと+ひと」を取り上げながら、
地域や企業のリアル・ムーブメントも熟成発酵させている。

世田谷区経堂と全国の地域の生産者と文化をつなぐ
経堂系ドットコムを2000年から運営。
イベント酒場さばのゆをハブに全国のつながりを醸す日々。
東日本大震災の津波で流された石巻の缶詰工場・木の屋石巻水産
の泥まみれの缶詰を洗って売るプロジェクトは、
さばのゆから全国に広まり、約27万個を販売。
工場再建のきっかけとなった実話をまとめた
復興ノンフィクション
『蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜』(廣済堂出版)が
2018年3月に出版された。
その他、経堂こども文化食堂など、ソーシャルな活動も多い。

本業は、著述、映像・WEB制作、各種プロデュース。
著書に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、など。
脚本・シリーズ構成に『ベイビー・フィリックス』(NHK),
『スーパー人形劇ドラムカンナの冒険』(NHK)など多数。

『シャキーン!』(NHK)『すっぴん!』(NHKラジオ第一)
などの番組立ち上げもいろいろ。

テレビ、ラジオ、WEB、脚本、構成、
執筆、制作、講演などの仕事多数。
お仕事も承っております。
Twitter:@yasunarisuda
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