スローなコメディにしてくれ
Photo N.Kurisu

2017.9.4

エロい、ダメ人間が人気の秘密。若い常連客で賑わう70代店主の店。

by 須田 泰成

人生を切り拓くイノベーション

酒場カウンター百景・第一回。

東京世田谷・経堂の焼き鳥と釜飯の酒場「鳥へい」
長谷川一平さん(1946年生/71歳)

ニッポン人が「外飲み」に使う金額は、
1994年をピークに20数年間も下がり続けているという。

競争力が高いと思われてきたチェーン店も
収益悪化と事業縮小のニュースが流れる時代。
商店街の個人経営の酒場は、
観光地化した聖地以外は、厳しいところが多い。

しかし、そんなご時世にあっても、
粘り強くサバイバルする個人経営の酒場はある。

今回、紹介するのは、
東京世田谷・経堂の焼き鳥と釜飯の酒場「鳥へい」。
ここの親父、長谷川一平さんは、70歳を超えて、
エロい、ヒドい、ダメ人間の三拍子揃った人物だ。


焼き鳥と釜飯は、ウマいのだが。

カウンターに好みの女性客がいると、
男性客の存在は平気で無視する(笑)

カウンターに好みの女性客がいると、
男性客の生ビールはセルフ(自分で注ぐ)となることも(笑)

カウンターに好みの女性客がいると、
周りに何人客がいようと、デートに誘う(笑)

グルメ雑誌に出てくるような
おもてなしやサービスを期待する人は、
行かない方が身のためな店。

しかし、そんな鳥へいに夜な夜な人が集まってくるのだ。

あまり酒を呑まない言われる
20代、30代の若い世代が多い。
女子の比率も、半分くらいと高く、
電車に乗って、わざわざ訪れる女子もいる。

「エロい、ヒドい、ダメ人間が人気の秘密」

通常のマーケティングでは分析不可能。

そんな長谷川一平さん(以下、一平ちゃん)のお店
「鳥へい」の秘密を探ってみた。


人生に疲れて泥酔&荒れ狂うリーマンが涙を流して改心した

筆者は、鳥へいに18年ほど通う常連である。

1階のカウンターや2階の座敷で、
数えきれないほどのリアルなドラマに遭遇してきた。

通いはじめて間もない頃、
私がカウンターで焼き鳥でホッピーを飲んでいると、
突然、バターンという大きな音とともにドアが開き、
「うおーっ!」という怒声を発しながら若い男が入ってきた。
量販店の安っぽいスーツを着た営業のサラリーマン風。
ネクタイは曲がり、髪の毛はボサボサ、
どういうわけか殺気に満ちた顔をしている。

男は、鳥へいの店内に入ると、つんのめるように進み、
カウンター奥のレジ前に倒れ込むように収まった。

何かに憤懣やるかたないといった雰囲気で、
メニューを見ながらため息と舌打ちとを繰り返す。

ハッキリいって鬱陶しい。

カウンターに私を含め3名いた常連の先客が、
「大変な奴が入ってきましたな」というように、
互いに目配せをしていると、
「ビールだよ!ビールだよ!」と、男が絶叫した。

酒場には、いろんな人がいるとはいえ、
稀に見るヒドい客なのは確かだ。

一平ちゃんは、追い出すだろうか、受け入れるだろうか。
受け入れるとしても、どのように?

固唾を飲んで見守っていたが、一平ちゃんは、
荒れ狂う男の様子など目に入っていないかのように、

「はーい、はーい、生ビールね!中でいいかい?」と、
中ジョッキに生ビールをなみなみと注ぎ、男の前にトンと置いた。

冷えたジョッキをわしっとつかんだ男は、
グビグビ一気に飲み干すと、「お代わり!」と、また叫んだ。

怒り狂っていても生ビールは旨いらしい。

「はーい、はーい、速いねー」と、
再び注いだ生中を男の前にトンと置く一平ちゃん。

二杯目のビールを三分の一ほど飲むと、男は少し落ち着いてきた。
生ビールの力は、やっぱりスゴイ。
それから、焼き鳥の盛り合わせを注文した。

「塩がいい?タレがいい?」と、一平ちゃん。
「どっちでもいいってんだろうが!」と、声を荒げる男。
「どっちでもいい」とは、言っていない。
カウンターの我々は、理不尽極まりない男の無礼に怒り心頭。
なのに、「じゃあ、おまかせでぇ」と、軽く返す一平ちゃん。

いつものように淡々と串を焼きはじめた。

「はい、おまち」

ジュージューいう焼き鳥が出されると、
男は、貪るように頬張りはじめた。
勢い余って、時折、「むはっむはっ」と、むせている。
一皿平らげると、追加の盛り合わせと3杯目の生ビールを注文した。

かなり腹が減っていたらしい。

二皿目が焼き上がり、暫くすると、
さすがに、のどの渇きと空腹が癒されたからか、
男は、気持ちが落ち着いてきたように見えた。
といっても相変わらず不穏な空気を全身にまとい、
不快なため息を吐き、貧乏ゆすりを続け、
カウンターを通じて不快な振動がイライラと伝わってくる。

「いい加減にして欲しい」と、さすがの私も堪忍袋の緒が切れかけた時、
一平ちゃんが男に話しかけはじめた。

一平 「おにいちゃん、どこから来たの?」

男  「どこだっていいだろう!」

一平 「オレ、一平ちゃん、おにいちゃんは?」

男  「誰だっていいだろう!うるせえな!」

男の粗暴なテンションは、入ってきた時と同じように上がった。
「警察を呼んだ方がいいかも」と、私は、いざという時のための
携帯電話がポケットの中にあるのを確認した。
暴れはじめたら100番通報しようと考えたのだ。

しかし、そこから一平ちゃんは何故かさらに攻めはじめた。

一平 「なんか、ツライことでもあった?」

「やめとけばいいのに」と、私は心の中で思った。
その時、男の脳の血管がプチプチ切れる音が
聞こえたような気がしたのだ。
男の声のボリュームは、「大」から「最大」になった。

男  「会社をリストラされそうなんだよ!」

もはや絶叫に近い。
しかし一平ちゃんは平然と男の言葉を打ち返す。

一平 「リストラされそうなくらい、いいじゃん、
    オレなんかいきなり会社クビだよ」

男  「それで彼女にもフラれそうなんだよ!」

一平 「オレなんか、ずーっと彼女ナシだよ」

男  「一緒に住んでる部屋から出て行きたいって!」

一平 「オレなんか家に帰ったら嫁と子どもが出て行った後でさ」

男  「無職になったら別れたいって」

一平 「住んでたマンションも売られた後で、
    通帳に一ヶ月分の生活費しか残されてなくて、
    風呂ナシの四畳半のアパートに引っ越すしかなくてさ」

突然、男は、言葉のラリーをやめた。
そして、暫く沈黙を続けた後で、ポツリと言った。

男  「オレ、マスターよりもマシかもしれない」

一平 「当たり前だろ!オレよりダメな奴は、そうそういねえよ!」

男 「スミマセン。。。」

一平 「次の仕事、考えりゃいいんだよ。
    なんだったら焼鳥屋でもやってみっか?」

男 「ありがとうございます。。。」

男は、まるで別人のようにポツリと力なく呟いた。
ため息も貧乏ゆすりもやめた様子をあらためて見ると、
おとなしい、いまどきの若者だった。

「はぁ〜」と、つくため息からは暴力性が抜け落ちていた。

目には、うっすら涙が光っていた。

一平ちゃんのダメ人間パワー(?)が、
社会に追いつめられた若い男の暴力性を鎮めたのだ。

その後、男は、仕事帰りに鳥へいを訪れ、
普通に飲み食いするようになったが、一年ほどすると見かけなくなった。

その後の転職が上手く行き、彼女と結婚して、
多摩の方にマンションを買い、子ども生まれたと聞いた。

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須田 泰成

「スローなコメディにしてくれ」
 編集長+プロデューサー+ライター。
always look on the bright side of human life♩な
「もの+こと+ひと」を取り上げながら、
地域や企業のリアル・ムーブメントも熟成発酵させている。

世田谷区経堂と全国の地域の生産者と文化をつなぐ
経堂系ドットコムを2000年から運営。
イベント酒場さばのゆをハブに全国のつながりを醸す日々。
東日本大震災の津波で流された石巻の缶詰工場・木の屋石巻水産
の泥まみれの缶詰を洗って売るプロジェクトは、
さばのゆから全国に広まり、約27万個を販売。
工場再建のきっかけとなった実話をまとめた
復興ノンフィクション
『蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜』(廣済堂出版)が
2018年3月に出版された。
その他、経堂こども文化食堂など、ソーシャルな活動も多い。

本業は、著述、映像・WEB制作、各種プロデュース。
著書に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、など。
脚本・シリーズ構成に『ベイビー・フィリックス』(NHK),
『スーパー人形劇ドラムカンナの冒険』(NHK)など多数。

『シャキーン!』(NHK)『すっぴん!』(NHKラジオ第一)
などの番組立ち上げもいろいろ。

テレビ、ラジオ、WEB、脚本、構成、
執筆、制作、講演などの仕事多数。
お仕事も承っております。
Twitter:@yasunarisuda
facebook:https://www.facebook.com/yasunarisuda
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