スローなコメディにしてくれ
Photo N.Kurisu

2017.5.22

「林」と「森」の違いに笑いが潜む。「まず企画書」をやめてオモシロイ本を出す方法。

by 須田 泰成

人生を切り拓くイノベーション

シリーズ最初の本は、5年熟成

1972年生まれの岡部敬史さんは、
大学卒業後、大手出版社の宝島社に入社。
雑誌やMOOK、単行本などを通じて、編集者としての経験を積み重ねた。
2001年、29歳で独立すると、会社運営のための受注仕事をこなす傍ら、
自分にしかできないオリジナル本の構想を練るようになった。

人生を変えるアイディアは、2008年に降りてきた。

「ぼくは、サッカーが好きなんですけど、
 新聞のスポーツ欄に “試金石”という言葉がよく出てくるんですよね。
『この試合は、日本代表がワールドカップ予選を勝ち抜けるかどうかの
 試金石だ』みたいな」

試金石とは、
「モノの価値や人や組織の力量を測る基準となる物事」のことである。

辞書を引くと、こんな説明も書かれている。
「金など貴金属の鑑定に用いられる黒色の硬い石。
表面に金をこすりつけ、その条痕 (じょうこん) 色を
標準品のものと比較して純度を判定する。金 (かね) 付け石」

編集者だから、語源についての知識はあった。
しかし、岡部さんの好奇心は、別の方向に向いていた。

「言葉の意味は知っていましたけど、ぼくが気になったのは、
この石って、ほんとにあるのかな?一体どんな姿なんだろう?だったんです。
だって、辞書には、写真も絵もないじゃないですか(笑)」

「試金石が見たい!」と、思った岡部さんは、早速行動に移した。

「ネット通販で試金石を買ったんです。7350円、自腹を切って(笑)」

届いた試金石は、手に取ると、ズッシリ重くて冷んやりとした黒い石。
岡部さんは、プロに写真を撮ってもらいたくなった。

「それで、いまシリーズをご一緒している写真家の山出高士さんに相談したんです。
当時は、それほど親密ではなかったのですが、
山出さんの年賀状がオモシロかったんです。
それで、この人なら、この企画のオモシロさをわかってくれると(笑)」

こちらが山出さんの年賀状である。

お子さんの誕生を伝える内容だが、
野菜売場に生まれたての赤ちゃん、
生産者のお二人(ご夫婦)の2ショットと「私たちが作りました」のコピー。
フレッシュベイビー、JAやまで、細かい作り込みもスゴイ。
確かに、山出さん、ただ者ではない(笑)
仕事をしたくなる気持ちがわかる。

山出さんは、言葉の語源のそのモノを写真に撮って欲しいという、
岡部さんの申し出を快諾してくれた。

そして、こちらが岡部さんが通販で買った試金石。

「そして調べてみると、よく使うことばでも、その語源となった姿、
形を知らないものがたくさんあることがわかったんです。
たとえば『灯台下暗し』は海の灯台ではなく、燭台の下にできる影をさしている。
そんなことばの姿を、山出さんに撮ってもらったら、これがとても面白い。
『試金石』や『灯台下暗し』の言葉の語源そのモノの写真と
言葉の意味の説明文を並べて見せると、絶対オモシロイと思ったんです」

すぐに、仕事仲間でもあり、飲み仲間でもあったデザイナーの佐藤美幸さんに
頼み、ページをレイアウトしてもらった。
見開きのイメージは、このようになった。

それは、言葉の語源と実体を見開きで見せる、全く新しい書籍のページだった。

「これはいける。ネタが強いので、必ずどこかで出版できると思いました」

それから岡部さんは、2年ほどかけて、「とどのつまり」の「とど」や、
「羽目を外す」の「羽目」などのネタを集め、オモシロイと感じたら、
撮影の許可を取り、山出さんを伴って撮影にでかけた。

こちらが「とど」。

こちらが「羽目」。

数ページ分のイメージができたのは2011年。
それを持って、辞書や教科書の出版社を回ると、
教科書の出版社でもある東京書籍で企画が通り、
2012年に一冊目の『目でみることば』の誕生となった。

最後まで、企画書は作らないままだった。

書店に並びはじめると、話題が話題を呼び、
テレビや雑誌などで紹介したいという問い合わせが、どんどん入った。
まさに引っ張りだこの人気。

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須田 泰成

「スローなコメディにしてくれ」
 編集長+プロデューサー+ライター。
always look on the bright side of human life♩な
「もの+こと+ひと」を取り上げながら、
地域や企業のリアル・ムーブメントも熟成発酵させている。

世田谷区経堂と全国の地域の生産者と文化をつなぐ
経堂系ドットコムを2000年から運営。
イベント酒場さばのゆをハブに全国のつながりを醸す日々。
東日本大震災の津波で流された石巻の缶詰工場・木の屋石巻水産
の泥まみれの缶詰を洗って売るプロジェクトは、
さばのゆから全国に広まり、約27万個を販売。
工場再建のきっかけとなった実話をまとめた
復興ノンフィクション
『蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜』(廣済堂出版)が
2018年3月に出版された。
その他、経堂こども文化食堂など、ソーシャルな活動も多い。

本業は、著述、映像・WEB制作、各種プロデュース。
著書に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、など。
脚本・シリーズ構成に『ベイビー・フィリックス』(NHK),
『スーパー人形劇ドラムカンナの冒険』(NHK)など多数。

『シャキーン!』(NHK)『すっぴん!』(NHKラジオ第一)
などの番組立ち上げもいろいろ。

テレビ、ラジオ、WEB、脚本、構成、
執筆、制作、講演などの仕事多数。
お仕事も承っております。
Twitter:@yasunarisuda
facebook:https://www.facebook.com/yasunarisuda
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