スローなコメディにしてくれ
Photo N.Kurisu

2017.4.18

靴磨きの楽しさと奥深さに魅了され、人生が変わった若者の話

by 須田 泰成

広島・靴磨き専門店「BURIE」ニッポンの〈はた楽(らく)〉ひとびと

人生を切り拓くイノベーション

靴磨きの魅力にハマり、まずは、グーグル師匠に弟子入り

靴工房の二階には、さらにまさかのカウンター。
先客がおり、談笑しながら赤ワインを飲んでいる。

「隠れ家バー?」と思ったが、目が冴えて来ると、驚いた。
小部屋に漂うのは、甘い靴墨と革の香り。
壁の棚には、ビッシリと革靴が並べられており、
黒い瓶詰めの靴墨や靴磨き用品が、そこかしこに。

「実は、ここ靴磨きバーなんです」と、山根さんが、正解を教えてくれた。

靴磨きバーとは、驚いた。

カウンターの中にいるのは、バーテンダーではなく、靴磨き職人の
安部春輝さん。1991年島根県生まれの25歳。話を聞いてみると、
とてもユニークな「はたらく(楽)」ストーリーの持ち主だった。

「広島の医療福祉の専門学校で保育社会福祉を学び、
卒業後は障害者支援施設で生活支援員として勤務しました。
障害のある方々と働く仕事は、人を思いやる気持ちが大切ですし、
本当の意味でのホスピタリティを学ぶ機会でした。
革靴を好きになったのは、専門学生の時です。
音楽が好きだったので、路上ライブなんかをしてたんですが、
その頃に出会った大阪のミュージシャンの真似をして
革のブーツを買ったのがきっかけです」

靴を磨くのが好きになったが、靴磨きのイロハも知らなかった安部さんは、
まずは、東急ハンズで靴磨きグッズを購入した。

「磨きながら、どんどん楽しくなると同時に、
靴磨きの奥深さを感じるようになったんです。
技を身につけたら、もっと楽しくなると思いましたが、
身近に教えてくれる人がいなかったので、
まずは、グーグル師匠に弟子入りしました(笑)」

つまり、YouTubeで靴磨きのプロの映像を見ながら独学をしたという訳だ。

ネットの中に出会いが会った。

「東京・青山で「ブリフトアッシュ」という靴磨き専門店の創設者の一人であり、
靴磨き職人として全国を飛び回っている・明石優さんが
靴を磨く映像が感動的で、思わず直接連絡をとって会いにいきました。
そしたら、とても親切に教えてくれたんです」

それから、障害者支援施設で働くかたわら、靴磨きの技術を貪欲に学び、
広島で靴磨きをして暮らす方法を模索した。
24歳でフランスの伝統ある靴磨きクリームのメーカー「SAPHIR」の
公認シューケア アドバイザーを取得。
この資格を持つ靴磨き職人は、国内でも数えるほどという。

「2015年のことでした。たまたま友達と広島の靴屋さんを巡るうちに、
この西野靴店に辿り着いたんです。
初めてなのに、気さくな店長さんで、靴が好きで靴磨きをしていると話しをすると、
「うちで好きな時にきて靴磨いたら?」と言ってくださったんです。
驚きましたが、うれしかったですねー!」

そこから、福祉の仕事をしながら休みの時は西野靴店に行き、
靴を磨かせてもらう生活になった。

そして、1年経った時に、「靴磨きでやっていけるかもしれない」と思い、
2階を借り、靴磨き専門店「BURIE」をオープンした。

安部さんの話は、流行りの言い方をすれば、
「好きをカタチにした」現代のサクセスストーリーである。
酒を飲まない、車を欲しくない、異性と付き合おうと思わない。
若者の欲望が減少していると言われる世の中で、
自分が好きなことを無理のないペースで追求して、
しかも、その世界の一流の人物に教えを請い、一流のスキルを身につける。

「靴磨きは、技が上達すればするほど、楽しくなるんです。
ピカピカに生まれ変わった自分の靴と対面する時のお客さまの
うれしそうな驚きの表情を見るのはサイコーです」

時間を切り売りして働くのではなく、
安部さんの靴磨きの労働には、楽がある。

安部さんは、写真の様子からもわかるように、伊達男である。
カッコ良さを追求し、周りにもお洒落な友達が多く、
仕事終わりに夜の街を飲み歩くのが好きだという。

少し経つと、この空間に馴染んできた。
すると、カウンターの先客が飲んでいるワインが気になった。
飲みたそうな顔をしていると、
「靴を磨いていただければ、お待ちの間、
サービスでお出ししますよ」という言葉が返ってきた。

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須田 泰成

「スローなコメディにしてくれ」
 編集長+プロデューサー+ライター。
always look on the bright side of human life♩な
「もの+こと+ひと」を取り上げながら、
地域や企業のリアル・ムーブメントも熟成発酵させている。

世田谷区経堂と全国の地域の生産者と文化をつなぐ
経堂系ドットコムを2000年から運営。
イベント酒場さばのゆをハブに全国のつながりを醸す日々。
東日本大震災の津波で流された石巻の缶詰工場・木の屋石巻水産
の泥まみれの缶詰を洗って売るプロジェクトは、
さばのゆから全国に広まり、約27万個を販売。
工場再建のきっかけとなった実話をまとめた
復興ノンフィクション
『蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜』(廣済堂出版)が
2018年3月に出版された。
その他、経堂こども文化食堂など、ソーシャルな活動も多い。

本業は、著述、映像・WEB制作、各種プロデュース。
著書に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、など。
脚本・シリーズ構成に『ベイビー・フィリックス』(NHK),
『スーパー人形劇ドラムカンナの冒険』(NHK)など多数。

『シャキーン!』(NHK)『すっぴん!』(NHKラジオ第一)
などの番組立ち上げもいろいろ。

テレビ、ラジオ、WEB、脚本、構成、
執筆、制作、講演などの仕事多数。
お仕事も承っております。
Twitter:@yasunarisuda
facebook:https://www.facebook.com/yasunarisuda
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